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「月-冥王星」はサイコパスか、人格破綻者か?

占星術アスペクト、月と冥王星の話し。

月と言う個人的感情に関わる天体と、冥王星の強烈で得体の知れない天体の組み合わせなんだけど、これは生まれたばかりの赤ちゃんとこの世のものではないモンスターがくっついているようなもので、私生活や性格、感情の持ち方に極端さがあるのが特徴ということになる。

例えば、普段は穏やかで優しい人柄に見えるのに、キレると狂暴で手のつけられないキャラに変貌するとか、普段はぼんやりしてあまりパリッとしないのに何かで一度スイッチが入ると集中し過ぎて人が変わったように見えるとか、色々。

月-冥王星アスペクトには120度や60度などのソフトアスペクトと、90度や180度、0度などのハードアスペクトと呼ばれるものがあり、その現れ方には微妙な違いがあるものの、共通しているのは他者から見るとちょっと計り知れない雰囲気を持っていること。

それはいつもは見せていない裏側にまだ何か隠し持っているような雰囲気だったり、ふとした瞬間に見える怖い表情だったり、理由のわからない「すごみ」のようなものだったりする。

それに連動してか、月と冥王星サイコパスな人格を作るのか?というテーマが時々上がるのが興味深い。

サイコパスは反社会的人格者という意味で、一般的な社会ルールや共感力に従わないという性質から犯罪者や極悪非道なキャラクターを連想させることが多いのだけど、

この「一般的な社会感情や共感に同調しない(できない)」という性質自体には、もともと良いも悪いもない。

どんな性質や性格も使い道であって、例えば一般的な人たちが怖がって入れないような場所に平然と何かを探しに行ってくれるのはサイコパスな人なんだろうだし、

毎日血だらけで運ばれてくる瀕死の患者をせっせと助けてくれる外科医なども、ある意味サイコパスな要素がないとできないのではないかと思うから。

と言うことで、サイコパス要素の問題はその使い方、理性とのバランスなのではないだろうか?

占星術の話しに戻れば、冥王星という天体は「極限・集中・破壊と再生」と言う強烈なパワーを持った星で、人智が及ばないことから、天命、天の意志、祖先の意志がはたらくもの、などと表現される。

つまり、冥王星を持つ人の「得体の知れない感じ」や「醸し出される不気味さ」には、本人も意識できていない「宇宙の果てにある何か」の力が関わっており、これが「月」という庶民的な一般的な感覚を時に破壊させ、人格が変わるように見せているのである。

冥王星には「強制的な力」があるので、これが個人感情を司る「月」と関わると、感情の持ち方が極端(何も感じないか、極端に感じてしまうか)だったり、人間関係や私生活にもクセが出るようになる(人付き合いをいきなりリセットしたくなるとか、一つが嫌いになるとその場所全てが嫌いになるとか)

リセット癖は冥王星関係者に多い。

結論から言うと、若い内は仕方がないかもしれない。「月」は幼少期を表すので、子供の頃に、親しい友達と家庭の事情で別れることになったとか、転校などで環境がコロコロ変わるなんてことがあるのかもしれない。

その時の寂しい想いや辛さが染み付いてしまい、それがいつしか自分の私生活ってこんなもの、離別や断絶があってこそ私生活、みたいになりやすいのだ。(もちろん誰もそんなこと願ってはいない、無意識にである)

「月」は好ましい感情も、好ましくない感情も、良い記憶も最悪な記憶も、いつしか自分の懐かしさや安堵感にしてしまう「質の悪い」天体だから、ほおっておくとそのまま自分の性質になってしまう。

さらにアスペクト冥王星がくっついていたらなおさら、トラウマ的、病的にきっと変わった私生活を送りやすいので、感情的に自分の好ましくないパターンを自分で選択していることに気付いたらすぐに意識して修正することだ。

「月」は眠りの天体なので、ボーっとしていたら過去の繰り返ししかできないけれど、意識して考えを変えようとすれば、太陽に照らされて見えなくなってくれる。(活性化した人生を送るには太陽意識で!これ占星術的常識)

「月」に踊らされず、もっと主体的な人生に創りかえる。ホロスコープを見て太陽の要素を活かすような生き方を意識してみるといい。

ちなみに、「月-冥王星」の私生活には感情的な刺激が必要で、ここのエネルギーを上手く消化できないと人間関係の破綻や、人格破壊につながりやすくなる。

特にハードアスペクトの場合は、日常的に極度の緊張感にさらされる環境に身を置いた方好ましい。自分を実感できると言うか、生きてる感じがすると言うか、安心できる。

あとは太陽とのバランスである。

月-冥王星が意味する「極限状態」、何かギリギリの緊張感だったり、緊急的な要素だったり、普通の人が関わらないような特殊なことだったり、という要素を取り入れつつ、太陽的なやり方で進んでいくと、底力のある人間として社会貢献もできるだろう。

マニアックではあるけれど。